序 言

此度道友濱部壽次君が私の舊稿回顧録を、私の米壽(八秩祝、八十の人)祝賀の記念として其刊行が成就しました。實は刊行に就いては先年來同君から話を承けてゐましたが、今更私の回顧など無益の事としていつもお斷りして居りました所、今春京都の塚本虚堂君から私の米壽祝の意味で濱部君と共に幸福の手紙を出し、その集金を私への祝金にしてはどうかと云う申越しがありました。之には二人ともその結果に迷うて賛意を表しかねましたが、濱部君は此處にチャンスを得たものゝ如く此際廣く祝賀の醵金を集め、それを資金に米寿祝賀の記念刊行は又となき機會なりとて、友誼溢るる勸奬に依り事こゝに至った次第であります。
爾來濱部君は舊竹友社系専門家諸氏に賛助を求められ、その發足に際し突如中尾都山翁から米壽祝いが贈られました。翁は私と一生を通じて竹界に於ける爭覇戰の對手で、而もその御大からいの一番に寄贈があった事は全く神の天啓であるとて、濱部も私も一方ならず感激しました。それより濱部君は一層進捗に努められたが、寄金は遅々として出版費の三分の一にも満たないので、濱部君は發起人の全責任として、元三菱長崎造船所時代の舊友笠間氏と共に、印刷出版に私財を協託して完成したのであります。私としては濱部君の犠牲を幾分でも輕く致し度いと存ずる故に、私に縁故深き諸君は知友間に御授助のお世話を御願ひ致す次第であります。
尚回顧録は私の未だ鋭気旺んな卅七、八歳頃、多少とも斯界同人の参考になると自惚心で記述したものでありますが、回顧録はは私の卅二歳無銭旅行中琉球に無事到着した、鹿児島出發迄の處で打切った未完の尻切れトンボの様なものであります。私の卅二、三歳頃はまだ修行時代で、卅四、五歳頃から本格に人生の澤流に棹さし、世間苦の荒波に打流されつゝ、今日に至った次第でありますが今更私の尺八界に對する功罪相半ばする我が過去の實状を省みる時、如何に自分が人間社曾の微塵の如きものなるかを考えへざるを得ません。それ故回顧録などと銘打って、尻切れトンボを補ふ気にはなりませぬ。唯單に卅二歳以後の梗概を追記として後日上梓しますから、御一覧下さらば幸甚に存じます。茲に濱部氏始め賛助員氏並に笠間氏に對し謹んで御禮申上げます。合掌

昭和廿四年九月下旬竹友社に於いて 八十髦叟   

川 瀬 竹 友 識

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