京洛建仁寺の參禅会

建仁寺は臨済宗五山の随一であって、土御門天皇建仁二年創建、千光国師栄西の開くところ、至徳三年将軍足利義満、定めて五山第三に班し、正嘉二年火災、天文年中炎上し、後ち建築したるもので、古鐘は嘉歴の鋳造とも云ひ永享年中改鋳し、號して百八聲陀羅尼鐘とて、洛東の一名物である。
建仁寺は千光国師の規制に由りて堂舎の配置を定め、三堂中に相並び、回廊之れを繞り、僧堂西に在り、方丈北に在り、玄關は客殿の門戸にして両扉門である。
塔頭支坊多く禅居庵は大鑑禅師の故栖にて大龍院は入宋僧女梅の寓趾赤松則村入道圓心の塔ありしが、後世廃せられ、正傳院は織田有楽の造れる名室なりと云ひ傳へてゐる。
さて建仁寺に往くと、氏は自分を投僧の面々に紹介、自分は接心と座禅をやって見たいと申込んだところ、容易く承知して呉れ、即刻道場の片隅をお邪魔することになった。
恐るおそる道場に赴き教へられた型を後生大事に半跏趺座・・半跏趺座と云ふのは両手を足の上に安んじ、両手の拇指の表を抑へて圓形を描き、眼は半開に据ゑるのであるが、役僧からはたヾ単に、詳細に亘る動作は他の修業者を模してやるやうにと教へられたのみであるから、何時如何なる事が起るか、一向見當がつかないので、沈思黙考思案に呉るゝのみである。
道場は約百数十人もあらんかと覺しき修業者が、三列の榻に背中合せに坐禅をして、吸呼の音すら聞えぬほど森閑として鎮まり返ヘつてゐる。
十二月の寒空に一點の火すら備へなく、寒さは一人身に浸み渡るに加へて四方の窓は開け放たれ、窓外は欝蒼たる竹の葉に六花霏々として降りかゝり、寒威と静寂の気犇々と身に沁み渡って轉た凄然たるものがある。
一人の僧が白衣の腕を捲り上げ、肉塊隆々たる長腕には櫂捧の如きものをさゝげ、三列の榻をぬすみ足に、すーツすーツと歩くのが眼に著く。
追ひ追ひ他を模倣しつゝ眼を半開にして、視るともなく、案ずるともなく黙考するうち、追ひ追ひ静謐に帰し、同時に幾分の眠気を催して来だ。
かくて十時頃とも覺しき頃、突然後列の遍りで、ぴしや―んぴしや―ん,と云ふ異様の音が続け様に起つて、金堂に響き渡って物凄きこと云はん方ない。
さても不思議微動だもなき此堂に、斯かる凄まじき音響を發するは、如何にも不可思議先萬の至りであると思った。
しばしにして其の音も止んだ。
またもとの森閉に復して微かに聞ゆるものは巡邏の僧の足音のみである。
また以前に倍して眠気を催して来た。暫くすると、筋向ひで再び、ぴしやーんぴしやーんの音が突如として起つた。
茲に初めて正體を見た。
驚くべし。厳めしい扮装の巡邏の僧が、其の巨腕に捧げた櫂棒の如きものを閃めかして、修業者の背を撲つのである。
 怪しの音響は其の撲つ音であつた。然るに尚怪しむべきは撲たるる者は坐禅のまま頸を延ばして其の撲つに任せ、撲つ者は威儀を正して撲つてゐるが、怒気を合んだ面地は微塵も認められない。
は其の様を視て怪訝に堪へなかつた。
撲たるゝ者は撲つに任せ撲つ者は正しき温容を以て些かの怒りも合まず、撲つと云ふは何んたるわけか一向解せない。
又音の上から判断して、あの位強く撲ぐられて、よくも気絶をせぬものだと思った。
二、三十棒撲ち了はると、俯して撲たれる者はもとの如く威儀を正して座禅に復する。
撲ちたる僧もまたもとの如く悠々と巡邏に取掛かるのであ。
 そこで何故に撲っのか其のわけを訊くことも出来ず、どうしても判断がつかない。夜は次第に更け渡るにつれて、前列の者前々列の者がこくりこくりと居眠りを始め出した。
自分は撲つわけを知りたい為めにぬすみ視を盛んにして注意を怠らずに居った。
斯くする間に巡邏の僧が前列中盛んに舟を漕いでゐる修業者の邊に来たかと思ふ刹那、突如無言で居眠り修業者の襟頸を捕って前に引きのめしたのを見て自分ははっと思った。
はっと思ふや否や電光石火、例の棒は取直されて無慈悲にも其の背に向つて二、三十度も打ち据ゑられた。そこで撲つ理由は判らぬが、兎に角居眠れば撲たれると云ふ事だけは判った。
自分は斯くの如くにして徹夜せんければならぬのであるからいつ何時眠気を發せぬとも眠らない。
眠れば撲たれる。撲たれつけない者は死なぬとも厳らない。
撲たれた人人は、気も絶え入らぬばかりの苦しみを忍んでゐるのであらう。
此處は一番どうあつても居眠らぬやうにして翌朝を待つの外はないと観念した。
前に役僧より聞く處に依れば、此臘八會は八目間昼夜打つ通しに一睡だもせずに座禅と接心とを継続するのであるとの事だが、よく此辛棒が出来たものだと思った。
で此處に集ってゐる人々は、建仁寺の末寺より一年一回の大試験に応ずべく出て来た人が大部分であるさうな。
其の中には居士(俗人)も幾分交ってゐるので、自分も矢張り居士の部に這入った譯である。
婦人なども處々に散在してゐるやうである。此居士の中には画家や操觚者なども多いさうである。
斯様な有様で、此先き如何に成行くものかと気をもみ初めて、如何にしても心が静穏にならなくなって来た。
 彼これしてゐる間に、前の巡邏の僧が眞先きに立って大きな盥の如き桶を七、八人も掛かつて堂内に運び入れて其の中より修業者の前に茶碗、皿各一個に箸を副へて配られた。
茶碗に盛つた物を見ると、反吐かとも怪まれるゝ気味悪き麦粥である。
皿には薄黒い沢庵漬幾切れかが盛られ、自分も空腹なるまゝに前列の入を真似て箸をとった。
處が其の反吐の如き麦粥は頗る美味だ。又其の薄黒い沢庵は平素ならは食物の部に入らぬやうな物だが是また頗る珍味である。
満堂舌打ちの音すら聞えぬほど静粛に食事をしてゐる。
彼の小さき蚕か桑葉を食ふのでも多数になれば頗る囂しきものだが些かの音も聞えない。
其の盛る物は多分柄杓であったと記憶するが、茶碗を仰向けて置く限り幾杯でも注いでゆく。
他は如何にするかと前列者の所作を見ると、三杯の後ちに茶碗を伏せたので、自分も三杯喫し了って夫れに倣った。
伏せるのが食事終了の暗示であった。かくて暫時の間に百数十人の食事に何んの混雑もなく、何んの手落ちもなく秩序整然、至つて静粛の裡に丁はつた。其の間僅かに二、三十分位に行はれ了つたのであるが、何んと云ふ簡朴にして質素な式であらう。
 食器が音もなく堂外に運び去らるゝや、巡邏の僧は讀経を始めた。
すると坐弾中の修業者が一斉に座を降って整列をする。
さうして讀経の僧が先達となつて歩き始めると、多数の修業者は其の後に従って、三列の榻の周囲を幾回となく堂々廻りを始め、約二十分間もいと静粛に繰返へしつつ行ふのである。
恐らくは食後の運動の趣意であらうと想像した。
右終はると一同は静々と再び榻に戻って坐禅を始めることもとの通りである。
何んたる謹厳にして而も趣味ある作法であらうかと、只管感歎に堪へなかったのでありた。
 暫くすると、堂の入口で唯一語「喝ッ」と云ふ大昔が司會者とも謂ふべき僧の口から發せらるゝと、満堂一斉に總立ちとなって座を降り、営の入口より決水のとうとうとして流るゝが如く我先きにと先きを争ひ或一方に向つて走り込んだ。
自分も何が何やらわけも分らず衆の後に続いた。
幾つかの部屋を経、廊下をも通り越して、ある大きな部屋に乱れ入つたかと思ふと何れも無言のまゝ座はり込んだ。
部屋は明滅として薄暗く、仄かに衆人の正座してりるのが見えるみで、容貌などは殆ど見分けがつかない。
眞夜中の事とて悽愴の気人に逼り、さながら昔日の百物語を聽くやうな體裁である。
またもとの静寂に帰した。
すると間もなく遠く隔りたる部屋にて清く涼しき鈴の音が微かに聞えた。
夫れか受け次いでか、やゝ近間で小さき鐘の昔が聞えた。
夫れを合図に眞先きに座はってゐる人が起ち上って部屋を出で、幾つかの薄暗き廊下を経て其の其の方角に向って立ち去った模様である。
稍々一分位も経つたかと思ふ頃、また鈴の音が聞え、続いて鐘の音が聞えると、次席の者がまた暗き方角に向って立ち去った。
 斯くして一人減り二入滅りして、やがて中ほどに座を占めて居る自分の番に到著したので、前者と同じ様に暗き廊下を辿つて往くと、一人の僧が厳然と構へて居って、手招きで彼方へと案内をする。
自分は咄嗟に心臓の鼓動を禁じ得なかった。
如何なる處で如何なる人に會ふのか、叉何んの為めに此廊下を辿らねばならぬのかも判らない。
世に斯かる不可思議な處と神秘な事柄があらうかと、不安の念に駆られながら、幾屈曲の後ち、最後の部屋の前に立ち竦んだ。
此時、測らずもはッと感じて、何んとも言ひ知れぬ尊とき香の匂ひに打たれた。
一歩這入ると眼に留ったのは、気高き一人の僧が香を前にして端然と座禅をして居られたのであった。
 是なん豫ねて聞き及んだ建仁寺管長武田黙雷禅師なることは、問はずして判じ得た。
鄭重に会釈して頭を上げると同時に、禅師は言葉静かに、而も小聲で「お前は初めてぢやな」と言はれた。
「左様でございます」と口の内で答へた處、「どう云ふ事をして居るか」と問はれ、「尺八の修業者である」と答へた處が「然らば隻手の聲と云ふ公案を授けよう」と言はれた。「隻手の聲とは・・・」と 反問した處が、禅師は「斯様に」……と言うて掌を拍つて見せ、「隻手に聲が有るか無いかを諦めて来い」と言はれた。
そして「宜しい」と言はるるや否や傍らの鈴を打ち鳴らされた。
先刻より幾間を隔てて微かに聞えた鈴は夫れなのである。そこで白分は静かに引き退ってもとの途を辿り、途中より別の廊下を通って役僧の部屋に往った。

担当者註 公案解説

隻手の音声 (せきしゅのおんじよう)
禅宗の公案の一。両手を打って鳴らせば音が出るが、片手にどんな音があるかという意。
白隠が初めて参禅する者に対して「隻手声あり、その声を聞け」といったのに始まる。隻手の声。   

広辞苑電子辞書、第5版より

この項続く

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