天 蓋 問 題

それから阿久根と云ふ港に著いた。町中を勤財したところ、思ひ設けぬ収人があつたので、久振りに相當の旅宿に泊ることが出來ると喜びながら尚も吹き続けてゐると、茲に又々障碍が起った。
やがて一行の前に突然巡査が現はれて「天蓋を冠ることはならぬ」と云ふ。そこで種々明暗協会の規定の事から普化僧として此笠は脱ぐものでないことを説いて辧解を試みたが、右の巡査は頑として應じないので、争っても詮なしと斷念し、「然らば仰せに従ふべし」と體よく挨拶して、其の巡査の影の見える間は天蓋を脱つて、巡査の立ち去るを見澄まし再び天蓋を冠って、尚も勤財に精を出した。斯くして四、五町過ぎると、狭い市街のことXて再び前0巡査に巡廻した。巡査は躍起となってとうとう警察署に同行を求められた。一行三人は署長の面前に恰も罪人の如く呼び出されて突つ立つた。
署長は嚴かに「此鹿児島縣では面體を覆ふところの天蓋は絶對に許さぬことに規定されて居るから斷じて冠ってけならぬ。若し今後仮りにも之を用ゆる場合には相當の處分をするから左様心得ろ」と申渡された。
縣の規定とあれば仕方がない。
承知の旨を答へて引き退った。
とは言ふものゝ天蓋を脱ってまで吹くほどの勇気はない。
相當の収益のあったのを幸ひに、夕景を俟たずして勤財を見合せ土地では相當の旅宿に一泊することにした。
翌日此處を立つて高城に向つた。
途中の山の中で行手の向ふから頭には那波翁帽を冠った二人の虚無僧がやって来た。
見ず知らずの者ではあるが、袖触れ合ふも多少の縁、殊には我等と均しく朝な夕な他人を生計に呼子鳥、覺束なくも其の日を送る雲水の身なれば、近づくまゝに二人を呼び留めて、傍の石に腰打ち掛けしばし談話を交換した。
自分等は夫れとは察しながら試みに、兄等は天蓋に代ゆるに耶波翁帽を冠って居られゐのぱ、如何なるわけかと訊いたところ、此縣では天蓋は絶對に許さないところから、不恰好と知りつつ斯かる帽子を冠ってゐる次第と、阿久根の屠長の話に裏書くされた。尚も四方山の話に時を移して右と左に別れた。
今は其の人々の名さへ記憶してねない。川内は鹿児島に次ぐ繁華な市街である。とある市街の理髪店の門に停ったところ、亭主が「是非一泊して呉れ」といふので三人で厄介になった。
亭主も多少吹く様子であったが、遠慮して吹かなかったが、晩餐後我々の稽古に耳を傾けた。
畢竟夫れを聽きたさに宿をしたのだなと合點された。
今日ならば之を機に同好者を集めて吹き合ひをするとか、其の名前を書き留めて置くのだが、當時は血気盛りのことゝて何んの思慮もなく、我に對抗する者は、吹き飛ばして屈服させよう位の浅墓な考へを抱いてゐて、同好者の名前すら書き置かなかつか始末で、其の浅慮を悔いつゝあるのである。

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