串木野=薩州辨

串木野を勧財して或眞宗寺に立寄って、一曲吹きをはると、庫裡から梵妻と覺しき一人の婦人が現はれて丁寧な挨拶があつて煎茶をすゝめられた。
恰度正午のことゝて、縁を借りて行李に蔵めてある辨當を出して食事を済ませ、四方山の話に耽った。此婦人は京都の人で、生田流の箏と京流の三絃を相應に弾かれる様子でなかなか其の道に精しい話などもあつた。
自分は久振りで此邊輙僻地に、而も京都生粋の言葉で話されたのを床しく感じたのであった。先方でも此の邊輙の地で、尺八の清音に接したので、何んとなく床しく思ふたものと察せられる。
其の夜は湯之元の温泉宿に泊ったと記憶する。
それから幾日かを経るに従って、言葉はだんだん薩摩訛りが濃くなって、純粋な薩家辧となり、旅宿に著いて、殆ど言語不通のところもあつた。
此邊の旅宿は別段女中などを置く様子もなく、其の家の内儀さんなり娘なりが女中代りをしてゐて、我等の言葉が先方に通じないので、手眞似で用を達することも珍らしくない。一行の者が偶々揶揄つたりでもすると、途方もない大聲で劍突くを食ふが其の意味がちよっと解からない。そこで静かに其の言葉の意味を問ひ試みると「お前さん方は阿呆な人よ」と云ふ意味が僅かに首肯れる。
其の位言語風俗が違つてゐた。
海岸の日置から東の方山邊に向って勧財して伊集院といふ山に著いた。
此處は鹿児島より五里ほど手前の處で、一通り町中を廻ったが旅館が見當らない。
土地の者に尋ねたら素人屋見たやうな大きな家を教へて呉れた。
一夜の泊りを求めたところが、唯々として裏手の一室へ案内された。
家内の模様に普通の農家と何等異るところはなく、旅宿業あお榮んでゐるるとはどうしても見られなかった。豆ランプの下に淋しい型ばかりの夕飯を終はりて、例の如く稽古などを了へ終日の疲れを醫すべく寝に就いた。
伊集院からは山路にかゝるが、此路は、山の峰傳ひに路がついてゐる。
(後年山腹に路をつけることになつたと聞いて居る)此處は太古其のままの路であるので奇異に感じた。途次漫々たる波上に山容秀抜恰も青漆盤上に香爐を置けるが如き桜島の聳ゆるを眺め、『月花のみるめのみかけ桜島波の花さく夕あけぼの』の句を思ひ出し、其の絶景を賞して鹿児島に入った。

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