事務局だより

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2013/10/14 038 竹友社:第9回世界民族音楽祭(ウズベキスタン)参加報告
齋藤秀輔

ウズベキスタンは中央アジアの中央に位置し、海のない国でカザフスタンの南、トルクメニスタンとキルギスにはさまれ、面積は日本の1.2倍、人口は約3千万人。首都のタシケントは人口230万人の都会、今回訪れたサマルカンドはイスラム世界の宝石"青の都"とも呼ばれ、古くからシルクロードの中心都市でした。

今回、竹友社から宗家・川瀬順輔先生を団長として他7人と東京新聞の真壁さんを加えた9人がウズベキスタン・サマルカンドの"Sharq Taronalari \" 第九回世界民俗音楽祭に参加してきました。53カ国が参加し、コンペティションがあり、我が日本チーム・竹友社は3位入賞を果たしました。日本チームの入賞は初めてです。演奏の本番終了後、私は体調を崩し8月30日朝に帰国しました。30日夜の現地の閉会式には出席しませんでしたが、真壁さんの報告によるとグランプリはインド、1位はアフガニスタンとブルキナ・ファソ、2位は中国と韓国、3位は日本とウズベキスタンで、賞状、トロフィー、賞金を貰ったそうです。結果発表後日本代表はウズベキスタンの人々と抱き合って入賞を称えあった感動的な光景があり、川瀬団長はトロフィーを手に、現地テレビの取材に応じ「尺八の音は究極の祈り。それを皆様が理解してくれてとても嬉しい」とコメントされたそうです。 9月16日に出演者は東京駅のウズベキスタン・レストランで再会して祝杯をあげました。

参加者 川瀬順輔 江頭妙輔 及川清流 国見政之輔 齋藤秀輔 佐藤晃馨
佐藤信孝 山田明堂 東京新聞・真壁聖一 
音楽祭・日程 8月23日(金) 10:05成田発15:15タシケント着(現地時間。時差4時間。飛行時間9時間)
24日(土) 出演者用特別列車で朝タシケント発 昼サマルカンド着
25日(日) 19:00より音楽祭開会式
28日(月) 19:00より音楽祭開会式
30日(火) 朝、先発組成田に帰国(江頭、国見、佐藤晃、齋藤)
現地では夜 閉会式
31日(水) 残留組タシケントへ移動(宗家、佐藤信、及川、山田、真壁)
9月4日(木) 残留組夕方成田に帰国


この音楽祭はウズベキスタンが1991年にソ連邦崩壊から独立し、9月1日を独立記念日として国内の音楽祭を始めたのがきっかけで、その後2年に1回の東洋音楽祭(Sharq Taronalari)となり、更に世界民族音楽祭へと規模は大きく発展しました。この間UNESCOの支援を受けて、我々の滞在費は全て援助され、VIP待遇で全てパトカーの先導で観光も目的地まで案内される等、行事全てはUNESCOの財政支援です。この音楽祭は今後更に体系化されて大きく発展するでしょう。 

海のない国。大陸性気候で気温は昼43℃前後、夜27℃前後で、雲のない青空が続き雨は絶対に降らないので、天気は安定しているが非常に乾燥しています。日傘が大変役に立ちました。演奏会は26日から毎夜7時に世界文化遺産のレギスタン広場で始まりました。広い庭園の中央にステージ、三方のモスク・メドレセの建物は音の反響効果を高め天然の演奏会場です。照明と立派な飾り付けをして、開会式には毎回大統領が出席します。大統領の挨拶の後、宝塚的なショーがあり花火が上がり、ウズベキスタン流最高の演出がなされました。この日の入場は招待客のみで全員ボディーチェックを受け、

参加した国々はアメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス等先進国、サウジアラビアやアフリカの国々、イラン、イスラエル、パキスタン等の近くの国々、リトアニア、カザフスタン等の旧ソ連圏、中国、韓国等様々でした。 民俗音楽祭といっても伝統音楽は少なくギター、シンバル、太鼓等でにぎやかに囃したり、叫んだり、騒々しい現代音楽的なものが多くありました。

我々、ジャパンチーム・竹友社の演奏は28日の午後8時45分頃からで、8人全員が紋付・袴で正装し、正座して尺八本曲を演奏しました。曲は「雲井獅子」と川瀬順輔作曲「泰山」を改名した「富士山」です。静的な演奏スタイルに会場はシーンとして、(昼間のリハーサルのマイクテスト効果で)竹の妙音もうまく生かされ、ウズベクの夜空によく溶け込んでいました。恍惚とした気分で思う存分心を込めて演奏できました。「うまく出来た!」と思ったのは私1人ではなく、口には出さないが、皆も同じだったと思います。いつも言われています「本番に強い竹友社!」。見事3位に入賞しました。

今回の参加者の内、私を含む4人は先に帰国し、残った5人は音楽祭終了後タシケントに移り活動しました、これは別途報告があるでしょう。

私も80歳になり団体海外旅行はこれが最後になるでしょう。宗家始め皆さんのサポートを受けて貴重な経験をしました。宗家と真壁さんはタフでお元気でした。事務局の佐藤さんは粘りと押しの交渉で多くの難問を解決してくれました。

自己満足な報告になりましたが、55年続けた趣味の尺八で、良き師、良き友に恵まれ、世界大会3位入賞と結果を出せたこと、日本の伝統音楽の尺八本曲が世界に認められたことを嬉しく思っています。家族に支えられ、我が尺八人生に悔い無しです。

ウズベキスタン音楽祭の入賞祝賀会を9月28日に開きました。ウズベキスタン大使館の2等書記官2人も加わり、宗家以下8人が都内のウズベキスタンレストランで旅行や音楽祭を思い出し、色々と語り合いました。 話のまとめとしては、ウズベキスタンはいい国だ、もう一度行きたい。これからもっと発展する国だ。日本政府はもっと積極的に外交を展開すべきだ。これは皆の共通意見でした。

日本人はウズベキスタンという国を知らないが、多くのウズベキスタン人は日本を良く知っており、憧れに似た感情を持っています。これは古い歴史のことや、最近のJAICAの援助もあるでしょうが、誰もが知っている話に、第2次大戦後ソ連からタシケントに抑留された日本兵捕虜達が強制労働で作った建物"ナヴォイ・オペラ・バレー劇場"があります。「日本人が建てたこの劇場は、地震の時にびくともしなかった。これは日本人の勤勉さと技術の高さである」と小学校も時に学んだそうです。 最近は韓国、中国の進出がはげしく、日本の自動車のトヨタ、日産は走っていません。マイクロバスのみ いすゞが走っていました。テレビのソニー、パナソニックは見当りません。目に付くのはサムスンやヒュンダイです。毎年両国の大統領や政府高官が訪問して外交を展開しているようです。シルクロードは日本人のロマンであったのに、政治・経済外交は出遅れています。

ウズベキスタンの政治体制は安定しており1991年の独立以来カリモフ大統領の政権が続いております。大統領自ら毎回音楽祭の開会式には顔を出しており、最後は舞台に上って踊ったり握手したりと人気がありました。政権が安定していれば年々少しずつ発展はするでしょう。天候は海のない国だから安定しています。夏は毎日青空です。台風等の災害はありません。都市部には大きな川も流れて水は十分にあります。国全体としては雨が少なく乾燥して水がないのが問題で、徐々に水利対策、植林をすれば未開の広い土地を活用することは可能でしょう、日本の知恵と技術を活用する余地は充分にあると思います。

宗家・川瀬順輔師が大使館の人に「今回、タシケント滞在中にナヴォイ劇場に献笛で訪れた時は修理しており中に入れなかったが、戦争の犠牲者が建てた劇場と思うと感慨深いものがあった。日本は政治、経済の進出は遅れているけど文化芸術の進出はすぐ出来ます。日本人抑留者の建設した有名な劇場なので、そこで日本の歌舞伎の公演が出来ないかなと思った。大使館のご希望があれば力になりますよ」と提案された。宗家は先代から歌舞伎の下座音楽を担当しておられ松竹・歌舞伎界にも信頼が厚い方です。私もこれは素晴らしい提案だと思いました。ウズベキスタン大使館がどのように反応するか?よい返事を期待したいです。

タシケントの活動については及川清流さんにお願いしましょう。
平成25年10月10日          齋藤秀輔


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